みなさん、こんにちは。認知症認定看護師のヒッコリーです。
病院や施設に認知症の方が入院・入所した直後、「家に帰りたい」「ここはどこ?早く帰らせて」と訴えられているケースに出会った経験はありませんか?
「せっかく治療するために入院したのに・・」
「どうして分かってくれないんだろう!?」
看護師が「今は病気の治療中だから帰れないんですよ」と正論で説明すればするほど、本人が興奮して怒り出してしまうこともよくありますよね。そうすると、スタッフも本人も家族もみんなが困ることになります。
今回は、認知症の方が施設や病院に入った直後に「帰りたい」と強く訴える理由について、
その心理的背景と私たちができる具体的なケアのヒントをわかりやすく解説します。
目次
1. なぜ「帰りたい」と訴えるのか?その背景にある認知機能障害

私たちは、新しい環境に移ると多かれ少なかれ緊張や不安を感じます。認知症のある方にとって、病院や施設という「なじみのない環境」は、私たちが想像する以上に大きな恐怖やストレスを与えています。
「帰りたい」という言葉(行動)の裏には、以下のような認知機能障害による生きづらさや不安が隠れています。
| 認知機能障害の種類 | 「帰りたい」に繋がる心理的背景 |
|---|---|
| 記憶障害 | なぜここにいるのか理由がわからない、思い出せない |
| 場所の見当識障害 | 自分がどこにいるのかわからない、知らない場所ではなく知っている安心な場所に行きたい |
| 時間の見当識障害 | 時間の感覚があいまいで、「どこかで誰かを待たせているかもしれない」と焦る |
| 人物の見当識障害 | 周りが知らない人ばかりで不安。知っている人がいる場所へ行きたい |
| 失語・失行・失認 | 周りの人の言葉が理解できない、自分の気持ちをうまく伝えられない、やることなすこと上手くいかず「迷惑をかけてしまうかも」と焦る |
| 実行機能障害 | 次に自分が何をしていいかわからずに混乱する |

単に「場所がわからない」から帰りたいと言っているのではありません。
こうした障害が重なり、「わけのわからない場所に、知らない人たちと閉じ込められている」という強い不安や孤独感(心理的反応)があるからこそ、「家に帰りたい」という行動や言葉になって表れるのです。
2. 「過去の記憶」と「目の前の現実」のずれが『帰りたい』を生む

認知症がすすむと、記憶障害によって入院・入所生活でそれまでの生活が中断され、これまでできていたことができなくなるリスクが高まります。
また、本人は「自分が過去に過ごしていた記憶」をもとにした体験世界を生きています。たとえば、70代〜80代の女性であれば、心の中では「まだ幼い子どもを育てている母親」や「家事を切り盛りする主婦」の役割を今も持っていることが多いのです。
それなのに目の前の現実は「四方を壁に囲まれた病室や施設」がある・・ ここに大きな「ずれ」が生じます。
【よくある事例】
夕方になるとそわそわして「家に帰って子どものご飯を作らなきゃいけないの!!」「主人が待っているから!」と訴える。
- 本人の世界: 「私は今も現役の母親であり、妻である。大切な家族のためにご飯を作らなければならない」という強い責任感や役割意識が根付いている
- 目の前の現実: 自分がなぜここにいる??身体も思うように動かない・・今すぐここから逃げ出したい!
この時、「子どもさんはもう大人ですよ」「旦那さんはもう亡くなりましたよ」と現実を突きつけるのは激しい混乱や怒りを生むだけで、多くの場合有効ではありません。

認知症の人が入院すると「お母さーん!」と親の名前を大きな声で叫んでいるケースをよくみかけます。
アルツハイマー型の方は特に昔の記憶の方が現在の記憶よりも鮮やかになります。
自分の安心を求めた時に、子供の時に自分を守ってくれていた存在の「親」を思い出して「お母さん」という言葉が出るのです。
3. 「説明・説得」は逆効果!病院や施設を落ち着ける場所にするためのケア

先ほどのように「帰りたい」と興奮している方に病院の必要性や転倒の危険性をいくら説明しても、記憶にとどめて現状を理解することは困難です。大切なのは、「病院にいることを分かってもらう」ことではなく、「ここ(病院・施設)が落ち着ける場所になる」ような援助です。
① 否定せずに感情に共感する
「帰りたい」という訴えは、環境の変化による当然の感情です。「帰宅欲求」というラベルを貼って押さえつけるのではなく、まずは「お家が心配なんですね」「家族のためにご飯を作らなきゃいけないと思われているんですね」と、その行動の意図や背景にある思いをそのまま受け止め、共感することから始めます。話を聞いてくれる人がいるとわかるだけで、すっと穏やかになることもあります。
② 「馴染みの人」になり、安心できる時間を共有する
看護師やスタッフが本人にとって「安心できる馴染みの人」になれるよう、回想法などを取り入れるのが効果的です。
昔の仕事の話(例:仕立て屋さんをしていた、子どもを立派に育て上げた自負など)や、楽しかった思い出について、こちらが共感的に受け入れる姿勢を持って耳を傾けます。過去の記憶を引き出し、懐かしい・楽しい思い出を蘇らせることで、精神的な安定(心地よい環境)を作り出すことができます。
③ 生活の場やスケジュールを固定化する
やたらと広い空間を歩き回らせると、どこにいるかわからず「見捨てられたような不安」に陥ることがあります。トイレや食事をする場所など生活の場を固定したり、日常生活をスケジュール化して生活リズムを整えたりすることで、「ここで自分は生活しているんだ」という実感を持ちやすくなります。
④ 自尊心に配慮し「できること」を見守る
身体が思うように動かない苦痛や「人に頼ることに慣れていない」という元々の性格が影響していることもあります。何でも先回りして手を出すのではなく、例えば食事場面で食器は持ってもらうなど、「できないことだけを援助し、できることは見守る(または手伝ってもらう)」ことで、本人が「これならできる」と思うことで自尊心の低下を防ぎます。
⑤ 夕方の落ち着かない時間への対策
夕方に思いが強くなる時は、尿意などの身体的要因がきっかけになっていることもあるので、まずはトイレの確認など身体面を考慮します。
また、夕方になる前にレクリエーションなどの落ち着いて楽しめる時間をスタッフと共有すると、気分良く程よく疲れた状態で夕方を迎えるので夕食後にはスムーズに眠れる場合が多いです。
最後に
認知症の方が「帰りたい」と言うとき、それは単なるわがままや困った行動ではなく、「今ここで困っている、生活のしづらさを感じている」という切実なSOSです。
本人が何を主に訴えているのか、何に困っていてどうしたいのか、その人生史を知り、本人の生きている世界に私たちが歩み寄ること。その丁寧な関わりの継続こそが、BPSD(行動・心理症状)を和らげ、安心して過ごせる一番の近道になります。
一人で抱え込まず、本人のこれまでの歩みを周囲のスタッフとも共有しながら、チームで温かいケアを実践していきましょう。
最後まで読んでいただきありがとうございました。この記事が、あなたの日々の認知症ケアの役に立つことを願っています。
他にも、現場の視点から生まれたケアの知恵をたくさん用意しています。あなたの毎日に寄り添うヒントが、きっと見つかるはずです。
【参考元】
『認知症・ケア対応 もさとスムーズになるQ&A50』 著:西山みどり、西田珠貴 (照林社)
『なぜ、認知症の人は家に帰りたがるのか: 脳科学でわかる、ご本人の思いと接し方』著:恩蔵絢子、永島徹 (中央法規出版)
